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仙台地方裁判所 昭和59年(な)2号 決定 1985年9月04日

主文

請求人に金一三九一万二八四〇円を交付する。

理由

一  本件請求の趣旨及び理由

本件請求の趣旨及び理由は、請求人代理人弁護士島田正雄他一一名の作成にかかる費用補償請求書、「補正書」と題する書面及び費用請求理由補充書のとおりであるからこれらを引用するが、その要旨は、「請求人は、強盗殺人、非現住建造物放火事件につき有罪の確定判決を受けたが、右確定判決に対し二回にわたり再審請求をなし、第二次請求につき再審開始決定を得、再審被告事件で無罪の判決を受けこれが確定したから、これらの裁判に要した費用の補償を求める。」というものである。

二  当裁判所の判断

1  本件請求の要件

一件記録によれば、請求人は昭和三〇年一二月三〇日強盗殺人、非現住建造物放火事件により仙台地方裁判所古川支部に起訴されて審理を受け(以下、確定審第一審という。)、昭和三二年一〇月二九日同裁判所において死刑の判決を言い渡され、仙台高等裁判所に控訴して審理を受け(以下、確定審控訴審という。)たが昭和三四年五月二六日控訴棄却の判決を言い渡され、更に最高裁判所に上告して審理を受け(以下、確定審上告審という。)たが昭和三五年一一月一日上告棄却の判決を言い渡され、同月二四日右死刑判決が確定したこと、請求人は右確定判決に対し二回にわたり再審の請求をなし、第一次請求は棄却されたが、第二次請求に対し仙台地方裁判所が昭和五四年一二月六日再審開始の決定をし(昭和五八年一月三一日仙台高等裁判所において検察官の即時抗告棄却の決定があり、同年二月六日確定)、仙台地方裁判所において再審被告事件(昭和四八年(た)第二号)の公判が開かれ、昭和五九年七月一一日無罪判決が言い渡され、同月二六日右判決が確定したことがそれぞれ認められる。

したがって、請求人は、刑事訴訟法一八八条の二第一項本文(ただし、確定審第一審ないし上告審の各裁判に要した費用については、刑事訴訟法の一部を改正する法律(昭和五一年法律第二三号)附則3項も適用する。)により、無罪の判決が確定した前記強盗殺人、非現住建造物放火事件の裁判に要した費用の補償を請求することができる。

2  補償の範囲

(1)  再審請求段階の費用について

請求人代理人らは、右第一次及び第二次の再審請求手続において多くの日時と労力を費やして証拠調等弁護活動が行われ、この段階の証拠の大部分が再審公判において取り調べられているので、再審請求手続における審理期日も刑事訴訟法一八八条の六にいう公判準備期日に該当するものとしてあるいは右規定の準用等により、これに要した費用をも補償すべきである旨主張する。

しかし、刑事訴訟法一八八条の六によれば、同法一八八条の二第一項の規定により補償される費用の範囲は、被告人若しくは被告人であった者又はそれらの者の弁護人であった者が公判準備及び公判期日に出頭するに要した旅費、日当及び宿泊料並びに弁護人であった者に対する報酬に限る旨明文をもって規定されているところ、再審請求手続は再審請求の理由の有無を調査する手続であって、開始決定により事件が再審公判へ移行したとしても、右の請求手続における訴訟活動が両審公判における公判準備に該当するものでないことが明らかであるから、再審請求手続において要した費用は右規定に基づく補償の対象とすることはできない(最高裁第二小法廷昭和五三年七月一八日決定参照)。なるほど、所論の指摘するとおり、右再審請求手続においては、対審的な構造のもとに多数回の期日を重ねて証拠調と意見の陳述が行われ、その弁護活動には見るべきものがあったこと、右手続において収集された証拠の多くが再審公判においても取り調べられたことがうかがわれ、右の訴訟活動をも公判期日ないし公判準備期日のそれに含めるべきである等とする所論の見解にも傾聴すべきものなしとしないが、右のような規定の形式並びに無罪判決確定者の受けた財産的損害を一定の要件の下に補償し、もって迅速かつ衡平な救済をはかるという無罪費用補償制度の趣旨にかんがみると、法の明文を超えて再審請求手続において要した費用をも補償することはできないと解されるのである。

(2)  請求人の旅費及び宿泊料について

一件記録によれば、請求人は昭和三〇年一二月八日に本件(ただし、罪名は強盗殺人、現住建造物放火事件)の被疑者として逮捕され、同月一二日勾留され、以来確定審を通じて右死刑判決が確定するまでの間、古川警察署留置場、古川拘置支所(昭和三〇年一二月一六日移監)及び宮城刑務所(昭和三三年三月一〇日移監)においてその執行を受け、右判決の確定後は同刑務所、仙台拘置支所(昭和五一年五月一〇日移監)において死刑確定者としての拘置の執行を受け、昭和五九年七月一一日の再審公判期日に右執行を停止されるまでの間同拘置支所に身柄を拘束されていたことにより、請求人が旅費、宿泊料を出捐することはなかったものと認められるから、この分については補償しない。

(3)  請求人の日当について

請求人の確定審並びに再審における公判準備及び公判期日に出頭した分の日当は、請求人が被告人として裁判所に出頭することによって生ずる積極的な損失(旅費を除く出頭諸雑費)と消極的損失(逸失利益)の双方を補償する性質を有するものであるところ、請求人に対しては前記無罪判決の確定ののち、身柄を拘束されていた期間の精神的な苦痛及び財産上の損害について刑事補償がなされており(仙台地方裁判所昭和五九年(そ)第一号、同年一一月五日決定)、右の拘束期間中に公判期日等に出頭したことに対する日当を補償すると、右の消極的損失については二重に補償する結果となるおそれなしとしないが、日当は右の積極的損失を補填する性質も有し、これについては、右刑事補償と補填の範囲を異にするのみならず、消極的損失についても刑事補償はその制度の性質上すべての右損失を補償するものとはいいがたいのであるから、既に刑事補償を得ている請求人に対しても相当額を補償することとした。

(4)  補償すべき弁護人であった者の範囲について

本件事案の内容、審理経過、弁護活動状況等を総合考慮すると、報酬等の補償の対象となる弁護人であった者は、次のとおりとするのが相当である。

確定審第一審 石塚與八郎

確定審控訴審 南出一雄

確定審上告審 守屋和郎、島田正雄、倉田哲治、安達十郎の四人

再審公判 島田正雄、青木正芳、袴田弘、佐藤唯人、西口徹、髙橋治、佐川房子、岡田正之、阿部泰雄、佐藤正明、犬飼健郎、増田隆男の一二人

(5)  弁護人であった者の路程賃について

請求人は、弁護人であった者について、鉄道を利用する場合の事務所又は自宅の住所と最寄りの鉄道の駅間及び公判又は公判準備の行われた場所と最寄りの鉄道の駅間並びに鉄道を利用しない場合の事務所の所在地等と公判等の行われた場所間の路程賃を放棄したので、その分は補償の対象としない。

(6)  まとめ

以上の次第で、請求人に対しは、確定審及び再審の公判準備及び公判期日に出頭した請求人の日当並びに同じくこれらに出頭した(4)記載の各弁護人であった者の旅費((5)で除外したものを除く。)、日当及び宿泊料のほか右各弁護人であった者に対する報酬の範囲で費用を補償することになる。

3  補償額算定の基準時

刑事訴訟法一八八条の六第一項によると、補償されるべき費用は、請求人の出捐の時点の価額で補填することが費用補償制度の趣旨と解されるから、請求人に対する日当並びに弁護人であった者に対する旅費、日当及び宿泊料については、これを要した時点を、また、弁護人であった者に対する報酬については、当該各審級の判決宣告の時点をそれぞれ基準として算定するのが相当である。

4  補償金額

(1)  請求人の日当並びに弁護人であった者の旅費、日当及び宿泊料

一件記録によれば、被告人であった請求人及び弁護人であった者の各公判手続における出頭状況並びにそれについて刑事訴訟法一八八条の六第一項及び同条項の準用する刑事訴訟費用に関する各法令によって算出される旅費、日当及び宿迫料の額は、別紙1請求人の日当計算表及び別紙2の1ないし4弁護人であった者の旅費等計算表に記載のとおりであり、その結果は次のとおりである。

ア 請求人の日当

確定審第一審 六〇一〇円

確定審控訴審 一三八〇円

確定審上告審 〇円

再審公判 四万五九〇〇円

合計 五万三二九〇円

イ 弁護人の旅費、日当及び宿泊料

(確定審第一審)

旅費 一二四八円

(鉄道賃 一一二〇円

(路程賃 一二八円

日当 二万一六〇〇円

宿泊料 〇円

計 二万二八四八円

(確定審控訴審)

旅費 四六四円

(鉄道賃 四〇〇円

(路程賃 六四円

日当 四二〇〇円

宿泊料 〇円

計 四六六四円

(確定審上告審)

旅費 一四〇円

(鉄道賃 一四〇円

(路程賃 〇円

日当 三五〇〇円

宿泊料 〇円

計 三六四〇円

(再審公判)

旅費 六四万一六八六円

(鉄道賃 六三万六一二〇円

(路程賃 五五六六円

日当 六六万二六五〇円

宿泊料 三五万八九〇〇円

計 一六六万三二三六円

合計 一六九万四三八八円

(2)  弁護人であった者に対する報酬

刑事訴訟法一八八条の六第一項により、確定審第一審、控訴審及び上告審については刑事訴訟費用法(大正一〇年法律第六八号)七条二項、再審公判については刑事訴訟費用等に関する法律(昭和四六年法律第四一号)八条二項が準用されるので、原則として国選弁護人に対する報酬額に準じて算定すべきものと解されるとともに、無罪の判決をした裁判所が事件の難易、弁護活動の実績等を考慮して、その裁量によって相当と認める金額を算定するものである。そこで本件事案の内容、審理経過、弁護活動状況などを斟酌し、特に再審公判についてはいったん請求人に対し死刑判決が確定した事件について無罪の判決を受けたものであることのほか、昭和五八年三月四日から同年七月七日までの間に六回にわたり事前打合せを行ったこと、審理は集中的に行われ、その準備には多大の労力を用いたと推認されること、記録の謄写、弁論要旨の印刷代等に多額の費用を要したと思われることなどをも総合考慮して、次のとおり算定した。

確定審第一審 四万八一二〇円

確定審控訴審 四万四六七〇円

確定審上告審 一人当たり 一万八〇九三円

計 七万二三七二円

再審公判 一人当たり 一〇〇万円

計 一二〇〇万円

合計 一二一六万五一六二円

(3)  まとめ

以上の次第で、請求人に対して補償すべき額は、(1)のア、イ及び(2)の総計 一三九一万二八四〇円である。

よって刑事訴訟法一八八条の三第一項、一八八条の七、刑事補償法一六条前段により主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小島建彦 裁判官 片山俊雄 山田和則)

<以下省略>

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